ねこ缶工房

ROしたりらくがきしたり何かつくったりする人の似非日記。
  2017年10月  
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道徳ってなんだろーねー


やっすいデータ復元ソフトを試してます。
ものすごい過剰包装でアヤしいソフトでしたww
どのくらい過剰包装かっていうと、CDと紙1枚ずつしかはいってないのに箱が外付HDDみたいなサイズですwどんだけ時代に逆らってんですかwwww
でも、さすがにデータ消えてからだいぶたった上にそこまでいいヤツつかってないので、必要データ拾い集めるのは無理っぽいです_| ̄|○lll
まあいいさ。今後はたぶんそうそうデータ消えないから。
新しい外付HDD設置して、今度はこまめにバックアップとって電源落とすようにしてます…



さて、ハナシは変わって。
以下、差別問題とかそういう道徳教育について、延々と不毛なうえにムダにマジメでおもしろくないハナシです。見たくない人はホントみないほうがいいんで。


某氏のブログのネタを見て思ったことなど少々。
学生時代には当たり障りのないこと書いてお茶を濁したというコメつけたうちが、真っ正直になんか書いてみようかと思うよ。

これに共感するひと多いんじゃないかなーって思うんですよ。
たぶん大多数のヒトはぶっちゃけばかばかしいとかどーでもいい思いながらハナシきいてるんじゃないかなって思うんだよねwwうちが捻くれてるだけかもしれんけど。
だって、他人事ですから。自分が被害者でもない。加害者でもない。身近な問題ではない。
というあたりでは、生徒の側からすれば必ずしも全項目が引っかかるわけではないと思う、が、しかし。
そもそも、道理を説く側の人間が、対岸から火の粉をかぶらずに能書きぶっこいてることがほとんどな時点で、聞く側も「なにを知ったようにwww」って斜めに見ちゃうんじゃないかって思う。
↑記事の一例においては、教師側からすれば、わからなくとも誠心理解につとめようと努力は怠りません!!!っていうかもしれないけど、もしそれがホントなら、自殺するほどの理由を「軽々しい」なんて間違っても口にできないハズですよねえ。生徒のなかにマジメにいじめに悩んでるコがいたら、その発言のあまりの無神経さにカルく絶望しそう。ていうかうちは失望するw
いじめられてるコなんて大概は猜疑心といっぱいでしょう。大げさなハナシ、指先の動き一つにまで気をつかうつもりでいなきゃ、どこで「ああ、このヒトにいってもムダなんだ」ってあきらめられるかわかったもんじゃない、と思う。
うちも、昔から最初のフリで相手の出方伺って、大丈夫そうだと判断してから核心に入るタイプの子供だったんで、こんなこという先生には相談しませんねww

まあそんな細かくツッコんだハナシはともあれ、ようするに、諭す側の理解というものが、まさしく「軽い」ってことに問題があると思うんですよってハナシだ。
そりゃそうだろう。だって、実感したことがないんだからね…

うちがそれを実感するに至った出来事が、昔ありました。
高校時代の道徳(?)教育の一環で、同和問題に関する公演があったんですよ。
うちは、当然のごとくいつもどーりの対岸からのんびり見物しながらのご意見が始まるもんだと無意識に思ってました。
ところがふたを開けてみると、なんと、実際に差別の被害を受けた方の、生の苦労話とかそういうことをイロイロ細かく聞かせていただきました。
はっきりいって、ものすごいショックでしたね。話の内容じゃなく。
言ってることは知識としての情報とそう齟齬のあるものではなかったんだけど。ただ、実際に虐げられる立場の者が真っ向から意見をぶつけてくる、という状況に。
おかしいですよね?考えてみれば、それこそが本来あたりまえであるはずなのに。
うちは、カンケーないひとがもっともらしくあーだこーだと言って終わるっていうのがフツウなんだと心の奥底で認識してたことを、そのとき思い知らされました。
とりもなおさず、それは虐げられる立場の者には、それを打破する能力もしくは努力がないという傲慢な強者の意見となんら変わりのないこと。カンタンにいうと、いぢめられるほうが悪いっていう。本気でそこまで思ってるやつは少数派だし、うちも当然。けど、根底をつきつめて考えるとそういうとこからきてるんですよね。
違いマスヨ。生まれた瞬間からなにもかも投げやりなヤツなんていない。声を張り上げても届かない虚しさが、諦めを生むんです。
あと、同時にその公演で演台に立った相手に、鈍い疎外感も覚えた。
もちろん、差別に便乗した嫌悪などという意味合いではありゃーせん。具体的に思ったわけじゃないんだけど、そうだなー…あえて言葉にするなら、「虐げられる者」という人種と、ごくフツウの人間にカテゴライズされる(人格はともかく、立場ねw)自分と間の隔たりというものを。
うちはそれまで、差別ってのはもっとこう明確な、嫌悪や敵対心に似たカタチの感情なのだろうと思っていました。でも、たぶんそれは違う。
もし、これこそが差別というモノなのだとしたら。まるでヒトとヒトを隔てる、スモークガラスか、どんよりととした沼のよーな、鈍くて重くて、血の通わない冷たさの、ナニカ。
うちが今後、なにかの要因でフツウからハズれることがあったら。他人からみた自分が、その隔たり向こう側にいるのだ。それは正直、敵対心よりも遥かに恐ろしいと思いました。
正直、自分の醜さがイヤだと思ったし、ヒトに知られたくない恥ずべきことだと思うが。ここで黙ってよーってのはマジでかっこわりぃと思うんで。

差別問題とかなんとか、イロイロありますが。そういうもんがあるんだとアタマで理解はしていても。それが間違った行いで、自分はそんなことをする人間とは違うと思いつつ。心の底では思ってません?
そんな問題はブラウン管ごしのできごとでしかなく、身近におころうはずもない…とか。
虐げられる側の人間というものは、ただ鬱々と耐え忍ぶのみでなにか積極的に行動をおこすような力など持たず、誰かに庇護されなければならない弱いものに違いない…とか。
「虐げられる者」というカテゴリーで物事を捉えられても、「彼ら」がそれぞれ人格もつ一個人だという大前提を失念している…とか。

知識と実感の合間にある溝の、なんと深く広きことか。
ちょっと自分の在り方というものを反省した一件でございました(’’

まあ、そういうわけなんで、差別意識の改革というのは情報とフツウの道徳的観念に基づいた客観論を伝えるだけじゃ効果ないんじゃないかな。実際に苦しんだ人間の心情だの忌憚ない意見だの。そういうものこそ伝えていってこそイミがあるんじゃないかと思います。



本筋からは外れるオマケ>>
うちが得たちょっとした教訓:行いは必ず自分に還ってくる。

わかんないヒトはどういう意味か深~く考えたほうがいいよ?






コメント



No.54 : Non Title

マジメにコメありですよ…
地獄のひとはハナシまとめる気すらないのにほんとすんかませn(
データはなんかもう手遅れっぽいかんじなので今回はあきらめ(ノ∀`)

2008.06.13-02:04 / 地獄 / [ 編集 ]



No.53 : 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2008.06.12-20:15 / / [ 編集 ]



No.52 : Non Title

安いデータ復旧ツールならファイナルデータがいいですよー
うん、最新版は高いけどねっ(’’
2006年版とかなら2000円台で手に入ったりします。
詳しい話を聞きたかったらいつでもどぞー。

2008.06.12-19:44 / Howling / [ 編集 ]



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